日本医師会 赤ひげ大賞

小冊子

第11回

受賞者紹介
地域を巻き込み糖尿病・認知症対策を実施
藤野循環器科内科医院 理事長・院長
藤野 孝雄
(大分県)
安元雄太撮影

米国留学の専門医から…

寄り添う医療を心がける

取材で訪れた令和5年1月中旬は新型コロナウイルス感染症の第8波が猛威を振るい、待合所は朝から多くの人で混み合っていた。午前の診察で50人以上を診ると、午後はハンドルを握る。軽自動車でもギリギリという細い山道を登ると、訪問診療先のお宅があった。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性に「調子どうですかー」と語りかける。こうした訪問診療先が20~30軒あるという。

実家は大分県臼杵市で江戸時代から続く医師の家系で、両親とも医師だった。循環器病の専門医を目指して米国留学もしたが、平成5年に地元に戻って実家を継いだ。「患者に寄り添う医療」を続けるうちにあることに気づく。「糖尿病の患者が増えている」。

専門知識の必要性を感じたが、臼杵市には糖尿病の専門医が1人しかいなかった。地域のかかりつけ医に声を掛けて勉強会を始め、平成13年に「臼杵市糖尿病ネットワーク」を発足させた。講師を招いて専門知識を学び、県糖尿病療養指導士資格も取得もできる研修会を125回開催した。

遊び感覚で使えるタッチパネル「もの忘れ相談プログラム」

22年には行政、医師会、保健所なども加わった「臼杵市糖尿病等生活習慣病対策ネットワーク推進会議」を立ち上げて代表に就任。健診結果から未治療の人を専門医につなげて病態の安定化をはかるシステム、重症化させない予防プログラムなどを作り上げた。

同じようなケースが認知症でもあった。平成15年ごろ、認知機能が衰えた人の増加を感じていた。そんなとき講演会で認知症の予防、早期発見・早期治療の重要性を訴える講師に出会った。終了後すぐに「ボクも何年間もそれを思っていた。一緒にやってくれませんか」と声をかけた。すると向こうも同じ事を言う。「一緒にやってくれる医師会を探していたんです」。

病だけでなく人を診ることを大切に

それが大分大学医学部神経内科の木村成志准教授だった。行政にも働きかけて平成18年に「かかりつけ医対象の認知症勉強会」をスタート。22年には大分大、行政、医師会の協同で「臼杵市の認知症を考える会」を発足させて代表世話人となった。フォーラムを何度も開催して市民の知識や理解も深めた。

藤野医院にはタッチパネルがあり、65歳以上の人が定期的に利用している。操作すると「もの忘れ相談プログラム」が始まり、言葉の記憶や年、月、日などが質問され、回答すると15点満点で点数が出る。遊び感覚でできるうえ、定期的に受けることで認知機能の低下を数字で示すことができる。藤野医師は「家族がおかしいと思ってきたときには認知症が進んでいることが多い。早期発見・治療に役立つ」という。

ネットワークを構築

医院の玄関で

臼杵市には市内のケーブルテレビのネット網を使って医療機関、歯科、訪問介護、調剤薬局、介護施設、消防署などの関係者間で登録者の病歴や服薬などの情報を共有できる「うすき石仏ねっと」が構築されている。医療人材の不足を危惧した医師会などが平成15年から始め、いまでは人口約3万5000人の7割にあたる約2万4000人が登録している。

救急搬送の場合、傷病者が石仏ねっとに加入していれば、救急隊員は既往歴、かかりつけ医、服用薬などがわかり、到着前に処置の準備や搬送先の選定などができる。厚生労働省のモデル事業、総務省のクラウド型EHR高度化事業にも選ばれ、周辺市との連携も始まっている。

藤野医院は石仏ねっとの実証実験がスタートした平成15年、最初の5医療機関の1つとしてシステムの運用や普及に積極的に取り組んできた。また藤野医師らはこのシステムを活用した「糖尿病連携手帳」「認知症連携シート」を導入。複数の医療機関で受けた検査結果を時系列で診ることで早期治療につなげることができる体制を整えた。

医院のスタッフと

こうした取り組みの結果、糖尿病から人工透析となる割合で県平均が1.5%(平成23年)から2.2%(令和3年)に増加した時期に、臼杵市は1.54%から1.13%に減少。透析患者を1人減らすことができれば、年間約500万円の医療費軽減につながるという。藤野医師も「石仏ねっとがあったおかげで、いろんなことがうまくいった」と語る。

医療、行政が一体となった先進的な取り組みに企業も注目している。臼杵市医師会は昨年から「高齢ドライバーの認知機能や日常の体調変化と運転能力との関係性検証の共同研究」を本田技研、エーザイ、大分大と、「血液バイオマーカーを用いた認知症診断ワークフロー構築の共同研究」を島津製作所などと実施している。九州の片田舎で始まったネットワークを活用した研究が大きな成果を生み出すかもしれないのだ。

過酷な当番医制度も改革

「田舎でも都会と同じような医療を」と語る

医師会理事として夜間・休日の救急当番医輪番制度の改革にも取り組んだ。救急当番時には36時間連続勤務という過酷な状況だったため、平成15年に地域医療支援病院である医師会立コスモス病院や消防署と調整し、平日深夜は救急車のみの対応に変えた。23年には午後10時以降は救急車の受け入れ先をコスモス病院に変更。24年には当番免除を65歳から70歳に引き上げたが、自身は70歳を超えた今も当番を引き受けている。

地域の医療向上のため周囲を巻き込んで糖尿病や認知症の対策を牽引し、医師会理事として医療者も患者も安心できる体制を作る。一方で日々の外来診療に加えて訪問診療に奔走する。“スーパーかかりつけ医”といえるだろう。「田舎でも都会と同じような医療を受けてほしい」「すべての病気はチーム医療」「病気を診ずして病人を診よ」という言葉が幅広い活動の原動力なのかもしれない。

取材を終えた後、訪問診療でお邪魔したALSの患者さんの娘さんから電話がかかってきた。思いを伝え切れなかったので記者の携帯に電話をしてくれたという。「藤野先生は臼杵市に、いなくてはならない大事な先生なんです」。何度も繰り返す女性の言葉に臼杵市における藤野医師の大きさを改めて感じた。(中野謙二)

藤野 孝雄 ふじの・たかお
藤野循環器科内科医院理事長・院長。昭和26年、大分県臼杵市生まれ、71歳。九州大学大学院医学研究科修了。米ノースカロライナ州立大医学部心臓内科の客員研究員、北九州市立門司病院などを経て、平成5年に現医院を継承開業した。
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