病院スタッフや患者らからは親しみを込めて「大先生(おおせんせい)」と呼ばれる。毎日、4、5キロのウオーキングは欠かさず、週1回は外来診療。必要があれば手術も行う。実にエネルギッシュな日々を送っている。
受賞に際して大先生は「高齢者の医療・介護に関心をもってやってきたことが評価されたのだと思う」と語り、病院の前身である内田外科医院時代に思いを馳せた。
同医院は19床の有床診療所。高齢化が進むにつれ、おむつを必要とする入院患者が出るようになった。でも当時はおむつの対応は看護婦の仕事にあらずという考えが強く、おむつを必要とする患者の入院は拒否されてしまう。
医療的措置は不要で退院できる状態なのに、家庭で看ることのできない高齢者が他の医療機関で引き続き入院生活を強いられる。いわゆる社会的入院のケースが増えていった。
「病院と家庭の受け皿となる施設が絶対に必要」。そうした思いとともに焦燥感を募らせる毎日。そんな時に飛び込んできたのが、国の中間施設-病院と家庭の間の施設-建設構想だった。
「さっそく厚生省に行き、担当課長と交渉するうちに200~250床との感触を得た」。時をおかず病院部門50床、中間施設200床規模の病院建築にとりかかったが、県の対応で医療法人大誠会内田病院は病院99床・介護老人保健施設50床でのスタートを余儀なくされた。
それでも、病院と老健が同一建物内にあるという画期的でシームレスな医療介護連携の先取りだった。
「スケールメリットの面からは経営は非常に苦しかった。平成4年に県内初となる認知症専門棟が認可され、ようやく軌道に乗った」と当時を振り返る。そして、「高度医療は絶対に必要だが、廉価で介護や見守りなどが丁寧にできる施設は社会保障費を逓減するためにも非常に大切」と力説する。
平成12年の暮れのある日、東京都八王子市の上川病院総婦長を務めた田中とも江さんの著書「縛らない看護」が衝撃をもたらした。
当時は、認知症高齢者の問題行動による事故を防ぎスムーズな治療を行うためには患者の手足を抑制することは常識だった。だが、著書は『なぜ縛るのか、抑制が死を早めるのではないか、縛らないケアを工夫してどう変わっていったか』などと問いかけてきた。
「『綺麗なご遺体をご家族にお返しする』というくだりにきて、ボロボロと涙がとまらなくなった」。さっそく田中さんと連絡を取り、「何回も足を運んでもらって、病院全体で〝どうしたら縛らないようにできるか〟に取り組んだ」。
14年には拘束ゼロを宣言。現在、病院で「病棟における身体拘束ゼロのためのケアマニュアル-大誠会スタイル」を公開するなど全国への普及活動を継続している。「拘束をしないという取り組みは徐々に浸透しつつある」と話す。
活躍の場は医療だけに限らず、地域全体に及んでいる。
17年5月に発足した「沼田市認知症にやさしい地域づくりネットワーク」。認知症高齢者の行方不明事故を未然に防止し、地域で見守るシステムで旗振り役として立ち上げに加わった。
その4年前に病院の看護師の家族が徘徊し行方不明になるという事件があったことがきっかけだった。「徘徊をする認知症高齢者の後をついていったことがあるが、右も左も見ずに歩く。どこへ行くかわからず、なんとかしなくてはと痛感した」。設立に向けては、「足を使って協力を得るしかない」と関係諸団体への訪問と説明を続けた。
ネットワークは市民の協力を得て高齢者の日常生活を見守る。行方不明情報は警察を窓口に協力団体や企業、携帯メール登録者に一斉に伝えられ発見につなげようというものだ。官民一体の連携は全国の先進事例となった。
設立以来、令和元年12月時点で延べ206人が無事に発見されるなど大きな成果をあげている。
平成27年暮れからは県警察医も務めている。「活動に熱心な地域の医師会長の影響。受けたからには、いつでもやるよと言っている」。時には夜の10時に呼ばれることがある。取材に訪れた日も、警察からの突然の要請で中断。白衣を紺色の作業衣に着替えて出動していった。
病院や福祉施設を運営する大誠会の理事長は23年に長女の田中志子(ゆきこ)さんに譲った。「一緒にお酒を飲むとつぶされるのはこっち。休日には美術館を巡ったり、気になることがあるとすぐにインターネットで調べたりと歳を取っているとは感じられない」が父親像。大賞受賞には「娘としても後輩の医師としても父のやってきたことを尊敬している」と言い切った。
沼田市に住む飯田富美子さんには忘れられない思い出がある。40年以上も前、夜中に当時1歳半の次女がカミソリで手を切った。初めて内田外科医院の門をたたき、何度もすいませんと謝った。「そうしたら大先生は『何言ってんだ。医者は患者さんが困っている時に治すだけ』とおっしゃって」。だから「赤ひげ大賞」受賞は「自分のことのようにうれしい」のだ。
地域医療に貢献して半世紀を超えた。8年かけて書き上げた肛門科の専門書「肛門疾患アトラス」など著書も多い。
「医者は患者さんに対し、誠心誠意つき合う職種」が持論。「年齢を重ねるにしたがって、患者さんと気さくに話をするよう心がけている」と言い、「健康のうちは患者さんに向き合い続けたい」と白い歯をみせた。(椎名高志)