日本医師会 赤ひげ大賞

小冊子

第7回

受賞者紹介
頼れる村医者、回復した患者の笑顔励みに
緒方医院 院長
緒方 俊一郎
(熊本県)
奥清博撮影
長年のつきあいで患者の人柄もよく分かる

熊本県南部の山間部に、ハートの形をした村がある。人口約4500人の相良村。村にただ一つの有床診療所で、48年にわたり、治療に情熱を注いできた。

「血圧測りますね。落ち着いておられるので安心しました」。訪問診療で82歳の男性に話しかけた。男性はかつて脳梗塞を患った。「元気になったら、また釣りに行きたい」。振り絞るように声を出した。

2人の年齢差は、5歳しかない。小さな村に住む、同世代の人間としてつきあってきた。2人の会話に、家族も和む。

医院は江戸時代末期の1823年に開業し、昭和46年に6代目院長となった。周辺は田畑が広がる。往診に車で30分以上かかることも多い。祖父の代は人力車、父はバイクで往診に回った。いまは淡いピンク色の乗用車を走らせる。

夜遅くでも、急を要せば出動する。「必要があればすぐに駆けつける。医師はそういうものだと染みついている」。診療所では、近隣町村からの入院患者も受け入れる。

医院の門には、「全科」と書かれた札を掲げる。専門は内科や小児科だが、骨折や外傷の処置もする。近くの消防署に救急車が配備されていなかった昭和50年ごろは、流産で大量出血した女性の処置もした。

真剣な表情で患者を診る

医院にはCT(コンピューター断層撮影)など、高度な医療機器はない。必要に応じて、周辺の医療機関と連携する。行政からも助言を求められる。

地域医療を支える。その責任感があるだけに、悔やむことも多い。

高齢化が進む地域では、孤独死がたびたび起こる。最近も、脳梗塞を患った70代の男性が、死後3日経って発見された。気をつけないといけない患者だと分かっていただけに、悔しかった。

何よりの励みは、回復した患者の笑顔だ。毎月診察を受けている70代の女性は言う。「ここで診てもらうと、これでまた1カ月は大丈夫だと思えるんです」

治療だけではない支援

常に相手の身になって接する

九州大学医学部を卒業後、福岡都市圏の病院での勤務が決まっていた。しかし、院長の父が村長に転身することになり、「お前が帰ってこないと村の人が困る。医療は任せる」と請われた。「置かれた場所で、できる限りのことをやろう」と村に戻った。

着任早々、往診先で衝撃を受けた。室内に汚れた下着が散乱し、茶碗には、ひからびた米粒がついていた。室内で便も踏みつけた。

「医療以前の問題だ。治療だけでは、地域の人たちの支えにはなれない」。そう痛感した。

まだ介護施設は普及していない時代だった。高齢者が安心して生活できる場所を作ろうと、奔走した。村や県に掛け合い、昭和60年、医院の裏手に特別養護老人ホームを開設した。福祉事業の草分けでもある。

施設ではさまざまな催しを開く
世間話に入所者の表情が和らぐ

介護のノウハウはなく、スタッフと一緒に寝泊まりしてオムツ替えから始めた。その後、グループホームなど複数の施設も開いた。

自分を頼る患者、村人のため、できる努力は惜しまない。そう行動してきた結果、幅広い事業を手がけるようになった。

例えば61年、隣接する人吉市の学校で、吃音のある子どもが訓練をしていた言語の通級学級がなくなった。

「なんとか残してほしい」という保護者の声を聞き、翌年に言語治療科「おとばはうす」を設けた。

在宅での看取りに対応しようと、訪問看護ステーションを設立した。医療ケアが必要な子どもに、看護師を派遣する事業にも携わる。

「治療だけでは地域はうまくいかない」という思いが強い。

昭和40年代、地域で農薬による健康被害が広がった時期には、農家や学校の先生を集め、食をテーマに勉強会も開いた。地域の暮らしや自然を守りたいと、ゴルフ場やダム建設の反対運動もした。

患者と接する時は極めて温厚だが、自治体や国には、はっきり物を言う。

患者の気持ちを大事に

孫を見て「目に入れても痛くない」

昨年4月、うれしい出来事があった。長男の創造氏(37)が、医院の医師に加わった

創造氏はそれまで、県内の水俣市立総合医療センターで勤務していた。幼いころは、医者にならないつもりだったという。周囲から「将来は医者だろ」と言われ、反発した。

創造氏は「でも、親の姿を見ていて、自分も同じ道に進むのは自然だと思うようになりました。スタッフの数も少なく、CTもない環境で、父はよくやっていると感じます。私もまずは、目の前のことを全力でやりたい」と語った。

「よか先生です」。入所者からの信頼は厚い

緒方氏はそんな息子に医院を任せた後、水俣病患者の治療に力を注ぐつもりだ。研修医のころ、水俣病患者の治療ができる医師になりたいと、水俣市やその周辺に足を運んで調査や治療に携わった。

これまでに診察した患者は累計1千人を超える。昨年は東京や愛知に出向いて診察もした。

「潜在的に多くの患者がいる。特に県外の患者は、その地域の病院で、手足のしびれがヘルニアや糖尿病が原因と診断され、納得できない思いを抱えている。患者の苦しみを少しでも分かってあげたい」

献身的な対応が評価され、赤ひげ大賞を受賞した。

「そんな大それたことはしていない。大事にしていることは、相手の身になってお世話をさせていただくということです。皆さん、何か困っているから相談してこられる。これからも、患者の気持ちを大事にして要望に応えたい」

少子高齢化が進み、医療環境は厳しさを増す。「相性がよくなる村」と呼ばれる相良村の医師は、どんな患者にも、愛情を持って寄り添っている。(高瀬真由子)

緒方 俊一郎 おがた・しゅんいちろう
医療法人仙寿会緒方医院院長。昭和16年、熊本県相良村生まれ。77歳。44年、九州大学医学部卒業後、46年に同医院の6代目を継承。特別養護老人ホームやグループホームなど介護施設も運営する。球磨郡医師会会長や、熊本県医師会理事などを歴任。村の嘱託医や校医などを長年務め、行政にも助言する。
page top