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第9回

受賞者紹介

離島で完結する医療と福祉を目指す

礼文町国民健康保険船泊診療所 所長

升田 鉄三

(北海道)

飯田英男撮影

患者負担軽減のため最新機器を導入

命にかかわる判断に迫られることも

〝北の最果て〟北海道稚内市からフェリーで約2時間。礼文島は島全体が礼文町で、約2400人が暮らす。夏は多くの観光客が訪れるが、厳しい偏西風を受ける冬場はしけでフェリーがしばしば欠航し、島外との往来が難しくなる。

所長を務める礼文町国民健康保険船泊診療所は、フェリー発着場がある中心市街から北へ約20キロ。入院ベッド19床の町立診療所だが、島に病院はなく、あらゆる病気やけがなどに対応しなければならない。

常勤医師1人で休日や夜間も救急患者を診てきた。一刻を争う場合はドクターヘリを、気象条件が悪ければ防災ヘリの出動を要請する。島外への搬送が不可能な状況で緊急開腹手術を決断したこともある。

自身が登場人物のモデルになった海堂尊氏の医療小説でも、離島での緊急開腹手術の場面がある。自分の判断で患者が死亡する可能性が怖くないか、問われた医師はこう答える。

「怖いさ。当たり前だろう、そんなこと」(朝日文庫「極北ラプソディ」)

船泊診療所への救急搬送は年間60件前後。車とフェリーでの移送は十数件で、空路による搬送も数件ある。ときに人命にかかわる判断を迫られるが、苦労話を自ら語ることはない。

道北をカバーするドクターヘリの基地、旭川赤十字病院の牧野憲一院長は「24時間、住民の健康を守るのは誰にでもできることではない。ITの時代に離島だから遅れているということはない」と高く評価する。

訪問診療の途中で
訪問先で患者と向き合う

平成14年に完成した現在の診療所は、設備が乏しいという離島医療のイメージを覆す充実ぶりだ。コンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)、内視鏡。大規模病院並みの診断機器がそろう。

初冬の昼下がり、島外で脳動脈瘤の手術を受けた患者が検査に訪れていた。「ほかの検査結果は問題ない。血圧だけ下が少し高い。薬を出しますので」。穏やかな表情で患者に話しかける。頭痛の訴えを見逃さず、MRIを用いた血管の検査で破裂前に脳動脈瘤を見つけ、専門医につなげたケースは幾人もいる。

病気の早期発見には検査が重要だが、検査のために島を出るのは患者の負担が大きい。診療所で検査ができるよう、最新の診断機器をそろえてきた。腰痛を訴える漁師が多く、その原因となる椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の的確な診断にもMRIが有用だという。

「常に勉強」

大規模病院に匹敵する診断機器がそろう診療所

専門治療が必要と判断した患者は島外の病院へ送る。ヘリの出動を要請する際も、最新機器が迅速で的確な診断に役立つ。

「常に勉強し、診断や治療に対応する。専門医がどう治療するのか。患者が島へ戻った後の治療をどうフォローするか。勉強しながら診るという点では大変だが、やりがいがある医療現場だと思う」と語る。

礼文島生まれ。医師を目指したきっかけは小学校の同級生だった夫人の勧めだ。夫人の伯父は島で開業していた外科医で、かつて「礼文島の奇病」と呼ばれたエキノコックス症の研究をしていた。この病気は昭和初期に島で流行し、自身が小学生のころは自衛隊が感染源となる野犬の駆除をしていた。

高校進学のため島を出た。卒業後の進路に悩んでいた時期に夫人の伯父が亡くなり、夫人から「離島では医師の確保が難しい」と医学部進学を勧められた。

外科医として経験を重ね、昭和61年に島へ戻って所長に就任。帰島前には産婦人科と整形外科の研修も受けた。以来35年、できるかぎり島で治療を続ける地域完結型医療を目指している。

「やりがいがある」と話す

平成11年に人工透析を開始し、患者は透析のために島外へ転居する必要がなくなった。13年に稚内市立病院とテレビ電話で結ぶ精神科の遠隔診療も始めた。15年に救急隊の活動開始と、着実に歩を進めてきた。

近く遠隔診療システムが本格的に稼働し、高度医療を提供する大病院とカルテや画像を共有しながら治療方針を決められるようになる。あらゆる病気に備え、薬の在庫も豊富だ。

「礼文島は医療に関しては恵まれている。急患は超一流の病院にドクターヘリ搬送。救急隊がいるので、24時間いつでもここに搬送される」。長年の実績の結果を、さらりと話す。

これからは親子2代で支える

高齢化が進み、通院が困難な患者が少なくない

週1回、看護師らと車に乗り込み、通院が困難な患者への訪問診療も行う。認知症のお年寄りもいれば、がん患者もいる。

「下痢はどうですか。トイレに自分で行けますか」

「かゆみはどうですか。今日は血液検査をしますからね」

高緯度の礼文島では冬の日暮れが早い。午後3時から約2時間かけて5軒を回ると辺りは暗く、凍てついた道は滑りやすい。自然環境は厳しいが、島で治療を継続できれば、患者は住み慣れた島で生涯を過ごすことができる。

特別養護老人ホームへの訪問診療も。入所者は、治療が必要になれば診療所へ移る。診療所で最期を迎える人もいる。入院治療を終えても、在宅介護が難しい患者が少なくない。礼文町の高齢化率は36.6%(令和2年1月)と、全国平均の28.4%(同)と比べて高い。

「本来なら在宅介護でも、単身や高齢夫婦だけで介護力のない家庭が多く、医療と福祉を担っている」のが実情だ。診療所では「おなかが痛い」「せきが出て熱っぽい」という軽い症状の患者でも、泊まってもらうこともある。

次男の晃生さん(左)と常勤医師2人体制に

離島の医師不足は今も全国的な課題だ。島の医療機関はもう一つあるが、入院ベッドのない道立診療所で常勤医師は欠員となっている。だが、船泊診療所には後継者がいる。次男で外科医の晃生さんが島に帰ってきたのだ。昨年8月から常勤医師2人体制に。「大賞に選出されたのは息子が後を継いでくれるおかげ。35歳で独身なのが一番の悩み」。晃生さんの話題に相好を崩した。(寺田理恵)

升田 鉄三 ますだ・てつぞう
礼文町国民健康保険船泊診療所所長。昭和29年、北海道礼文町生まれ。67歳。同町の奨学金を受け54年に秋田大医学部を卒業。礼文島の医療に貢献しようと同学部第一外科に入局し、関連病院で離島医療に必要な外科の修練を積む。学位取得後の61年に帰島し、現職に就任。35年にわたり島の医療と保健、福祉を支えている。