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第4回

受賞者紹介

子供と家族に「生きる希望」を

おがた小児科・内科医院理事長

緒方 健一

(熊本県)

安元雄太撮影

医院での診療の傍ら、在宅患者の訪問診療を地道に続ける

熊本市中心部から熊本電鉄で北へ約5㌔。閑静な住宅街の一角に、緒方健一医師が開業する「おがた小児科・内科医院」はある。赤れんが風の外壁と緑の三角屋根が特徴。外観から連想される「カボチャ」がクリニックのシンボルマークだ。地域のかかりつけ医として18年を迎える。

小児科を中心とした医院開業は多忙を極めるが、その傍ら、毎週水曜の終日と金曜の午前、在宅患者の訪問診療を地道に続ける緒方医師。特に、子供の在宅医療ではパイオニア的存在。患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)の向上が信じる道だ。

訪問先は筋ジストロフィーなど難病と闘う小さな生命、もしくはかつての子供たち。どの子も付き合いは4~5年以上になる。訪問診療の日、医院スタッフが運転する往診車で患者が待つ家々へ向かう。

両手いっぱいに、カルテなどが入った診察カバンや診療器具を手際よく持ち込む。同伴する訪問看護師らとの息もぴったりだ。

父が医者人生の“手本”

往診先でも笑顔を絶やさない緒方医師
「子供は家庭のぬくもりの中で成長していくことが望ましい。訪問診療は育児支援でもある」

「おはよう、アッちゃん」。緒方医師の優しいまなざしに、筋ジストロフィー患者の充史さん(25)も笑顔で応えた。15歳の時、呼吸困難感を改善することを目標に行う「訪問呼吸リハビリ」を開始して以来の関係だ。

筋ジストロフィーは次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性の筋疾患。根本的な治療法がない難病だ。充史さんは小・中学校まで地元の学校へ通ったが、16歳頃から症状が悪化し、自宅で人工呼吸器も使用する。

血圧測定からはじまり、胸に聴診器を当て、ポータブルエコーで心臓の機能の状態をチェックし、カルテに書き込んでいく。診察をサポートする看護師の宮崎ひさみさん(38)は「若い看護師、看護学生だったら、ものすごくテンションが上がるんですよ」と充史さんを紹介してくれた。充史さんのはにかんだ様子に、全員が笑った。

「訪問診療で家族は楽になるし、何より本人の負担にならないのが良い」と充史さんの母。「本来、子供は家庭のぬくもりの中で成長していくことが望ましい。訪問診療は育児支援でもある」と緒方医師は目を細めた。

祖父は歯科医、父は内科医という医者の家系。90歳まで熊本市内で内科医院を開業した父、俊一さん(93)の背中を見て育ち、自らも医師を志すようになったという。俊一さんは自身の内科医院をたたんだ後も、昨年夏まで週に1回、緒方医師の医院を訪れて患者の健康相談に当たるなど、医者人生の“手本”でもある。

当初は麻酔科だったが、神奈川県立こども医療センター勤務時代に集中治療室のドクターに空きが出て、小児科病棟を回るようになった。カナダ留学、熊本へ戻って勤務医をした後、平成10年に自身の医院を開業した。

医療型短期入所施設も開設した
往診先に診療器具を手際よく持ち込む

医師として取り組むライフワークは「呼吸管理」。「呼吸リハビリ」の普及に努めると共に、人工呼吸器を必要とする子供たちの在宅ケア支援団体「熊本小児在宅ケア・人工呼吸療法研究会」を設立し、会長を務める。

きっかけは医学生時代、旅先で病気を患った実母が気管切開をした自身の辛い経験。「風邪から脳炎を発して、一時意識をなくしたが、意識が戻るにつれて、呼吸がうまくいかないときに苦しんでいた」。母は10カ月に及ぶ看病の甲斐なく、助からなかったが、「適切な呼吸管理ができるようになりたい」と強く心に誓った。

推奨する呼吸リハビリでは、自力呼吸もままならなかった筋ジス患者が普通通り話せるようになり、肺活量も上がったことも確認。「神経筋疾患患者はどんどん症状が悪くなると考えられていたが、実際に呼吸リハを続けると、筋力は弱くなっていくが、肺や胸郭を柔らかく保てれば、呼吸が保たれることもわかった」と話す。

引き継がれる“赤ひげ”の魂

「呼吸リハビリ」の普及にも努めている

訪問診療に興味を抱くようになったのは以前勤めた神奈川県立こども医療センターで人工呼吸器をつけた子供を自宅へ帰そうと奔走した体験。「治療法がなくなったら、病院の天井を見て過ごすだけの状態を見過ごせなかった」と振り返る。

その子供は回診時、ストレスで胃から出血したこともあったという。「子供にとって病院はストレスの多い場所。自宅へ戻ると、表情が良くなった。子供は病院のアラームで目覚めるより、母が料理する音で目覚めるべきだ」。在宅ケアへの期待が確信に変わる。

医院を開業した1年目から熊本で訪問診療をスタートさせた。当初は4~5軒を回る程度だったが、患者を抱えた家族が引っ越してくるなどして増え、現在では訪問診療の日は7~9軒を回る。人工呼吸器をつけた患者の利用ができなかった訪問看護ステーションも利用可能となり、開業小児科医が協力する小児初期救急医療体制「熊本方式」も軌道に乗り、追い風になった。

「人工呼吸器をつけた子供を持つ母親は夜中も2時間おきに起きて、窒息しないように気道の吸引をして、四六時中気管チューブが外れていないか、などいろいろなことを注意して、それを全部一人でこなされている」

在宅患者と家族に生きる希望を与え続ける緒方医師

もっと手伝えることはないか、と平成25年3月、医院に併設して医療型短期入所施設「かぼちゃんクラブ」も開設した。「週に何度か子供を預かり、母親が少し休めるような“止まり木的”な場所が何カ所かできればいいと思った。それに子供たちも、ずっと家の中にいるのではなく、外へ出かける場所が必要。命を守ることは重要だが、治療のためだけの人生ではない。ただ病気と向き合うだけの人生はつまらない」と子供と家族に生きる希望を与え続ける。

地域の子供たちのかかりつけ医に加え、訪問診療など多忙な日々を送る緒方医師に5年前、うれしい出来事があった。長男、健亮さん(27)が東京の私立大医学部へ進学した。健亮さんは地元の私立中・高一貫校に通っていた頃は医師にはならないと言っていたが、“カバン持ち”として訪問診療を手伝わせているうち「『親父が死んだ後、患者は誰が診るのか』と言って卒業後から急に猛勉強を始め、医師を志してくれた。本当にうれしかった」と相好を崩す。

白衣姿で撮影した父、俊一さんと緒方医師、健亮さんの3人そろった記念写真は宝物。父から子へ。「物言えぬ子供の代弁者になる」。“赤ひげ”の魂が引き継がれる。(谷田智恒)

緒方 健一 おがた・けんいち
おがた小児科・内科医院理事長。昭和31年、熊本市生まれ。60歳。福岡大医学部卒。熊本大医学部付属病院、神奈川県立こども医療センター勤務などを経て、平成10年から同医院を開業。小児在宅医療と呼吸リハビリの普及に精力的に取り組み、「熊本小児在宅ケア・人工呼吸療法研究会」の会長も務める。