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第4回

受賞者紹介

町全体を病院に見立て訪問診療

日南町国民健康保険日南病院名誉院長

高見 徹

(鳥取県)

竹川禎一郎撮影

訪問診療で患者を診る目は真剣だ
和やかな雰囲気でスタッフと打ち合わせ

中国山地の奥深く、雪深い鳥取県日南町。国保日南病院の訪問診療車は今日も、銀世界が広がる山間地の集落を走っていた。

「おじいさん、変わりないかえ。顔色はいいね」

ベッドをのぞき込んで声をかけると、寝たきりで言葉が不自由な高齢男性(96)の表情がほころんだ。自宅で約10年、父親を介護する女性(66)は「困ればすぐに来て、相談できるがぁ。気さくな先生だけぇ」と信頼を寄せる。

訪問診療ではたくさん会話する。「世間話の中で患者や介護者の生活情報に接し、健康状態を把握します」。患者はもとより、介護者の体調への気配りが大切という。冬は家族全員のインフルエンザ予防接種に追われる。「在宅介護では介護者の健康や負担軽減に注意を払わないと、共倒れになりかねません」

介護者に体調不良や介護疲れなどの兆候があれば、直ちに病院に手配し、患者をショートステイさせる。病院は常時、ベッド5床を空けて待機するようシステム化した。

週5日の訪問診療の大半を担う。午前の外来診療に続き、午後から訪問診療車に飛び乗る日々は、体力勝負だ。「寝たきりの高齢者70人を含む140人が患者ですが、介護をする家族も診るため300人以上ですね」

患者への気遣いは忘れない

10年以上前は、月10回は休日や夜間に患者の自宅に駆け付けた。「今もありますよ。ただ、病院や地域の態勢を整えたので随分楽になりました」。とはいえ、自らが体調を崩すことはあってはならない。ランニングで体力維持を図る。「臨床医は1に体力、2に体力。体力がなければ人を助けることはできない」と力説する。

年間約2000件にのぼる訪問診療。谷間に点在する集落間の移動で効率は極端に悪く、半日の走行距離が100㌔以上になることもある。病院の診療圏は地元の日南町のほか、隣接の日野町、県境を越えた岡山県新見市の一部にもまたがり、半径30㌔以上。「医療を必要としている人に県境はありません。依頼があれば断りません」。町内外を問わず一度かかわれば最期を看取るまで続ける。それが信条だ。

30年後の日本の姿

「町は大きなホスピタル」が病院の理念
過疎と高齢化の町を支え続ける日南病院

日南町は平成27年10月現在、県推計人口約4800人。高齢化率約50%、すなわち65歳以上が住民のほぼ半分を占めている。中国山地の中央で島根、岡山、広島県境と接し、基幹産業は農林業という典型的な過疎の町だ。

昭和34年、町村合併で誕生した町の人口は約1万6000人だったが、50年余りで約3分の1に減少。人口流出に拍車をかけたのが、38年の「三八豪雪」から始まった出稼ぎだった。45年には住民の約6%が関西方面などに働き口を求めた。人口は49年に1万人を切り、5000人台に落ち込んだのが平成18年のこと。若年層の流出などで高齢化率は急上昇した。

昭和60年、鳥取大第1内科から1年間、日南病院に派遣されたときは、暗澹とした気持ちになったという。「高齢化した過疎の町の医療は、こんなに大変なのか。では、都市が高齢化したらどうなる…」

当時の安東良博院長は、地域包括医療を掲げ、先駆的な取り組みを進めていた。これに共感し、平成5年、日南病院副院長として赴任した。

「都市が高齢化社会を迎えたときの地域医療を生涯のテーマに据え、30年後の日本の姿が現実化した日南町で学び、実践するべきだとの思いがありました」

待合室でも笑顔を絶やさない

昭和51年に東京大医学部保健学科、57年に鳥取大医学部医学科を卒業した。臨床医を目指したのは、東京大卒業間近に起きた不幸な出来事がきっかけだった。「兄が突然、くも膜下出血で亡くなりました。30歳の若さ。ショックでした」。内定していた就職を断り、鳥取県に帰郷。鳥取大で、医師への道を歩み出した。

東京大在学中に国立社会保障・人口問題研究所(東京)で実習した折、将来迎える都市の高齢化問題に注目していた。過疎、高齢化の渦中の日南町の病院で医師として勤務することは、やがて訪れる都市問題への解決策を探るとともに、若くして逝った兄の無念にも応えるものだった。

町は大きなホスピタル

「次は都市の高齢化対策」と歩みは止まらない

20年余りの病院勤務で、町内の高齢者の大半と顔見知りになり、健康状態や生活環境などを把握している。その背景には、病院を軸にシステム化した地域医療がある。院長就任の平成9年頃、病院にスローガンを掲げ、目指す地域医療を明確にした。『町は大きなホスピタル』だ。「道路は病院の廊下、家庭は病院のベッド、家庭の電話はナースコールです」

病院内で長年、週1回の在宅支援会議を続けている。全医師5人と保健師、介護ケアマネジャーら約30人が参加、住民の生活情報を共有化するのが目的だ。訪問診療先のほか、年間約1000件の訪問看護などで幅広い情報を集めている。例えば、誰かがつえを使い始めたと聞けば、リハビリで歩行を強化する対応をとる。長年の情報の蓄積により、病院を核として医療や保健、介護、福祉などのサービスを一体的に提供するシステムが定着した。

そのシステムを「地域づくりをする医療」と呼び、過程を3段階に分けている。第1が地域の把握。多くの住民からの聞き取りで「あの人は最近、同じものを買って帰る」との情報があれば、認知症の可能性を疑う。第2は地域での実践。いち早く必要なサービスを提供すれば、在宅介護などに不安がある人からも「何かあれば対応してもらえる」と信頼される。第3が地域づくりで、第2段階を継続することで、住民の信頼を得て、医療や保健、介護などに行政を加えた総力戦ができる地域に変わる―とのプロセスだ。

地域医療は依然として、過疎の町で医師が往診かばんを持って担う、とのイメージが根強い。これに対し、「訪問診療は地域医療の手段で目的ではありません。日南病院が手がけたのは、さらに一歩踏み込み、寝たきりになっても安心して生活できる地域づくりです。それが現代の地域医療」と言い切る。

「次は、過疎の町で育んだ日南病院のDNA(遺伝子)を、都市の高齢化対策に役立てることです」と、先を見つめている。(山根忠幸)

高見 徹 たかみ・とおる
鳥取県日南町国民健康保険日南病院名誉院長。専門は内科。昭和24年、鳥取県大山町生まれ。67歳。東京大医学部保健学科と鳥取大医学部医学科を卒業。鳥取大付属病院を経て、平成5年から日南病院副院長、同院長、事業管理者を歴任。役職を降りた27年4月以後も現役医師として外来、訪問診療に従事し、高齢化社会のモデルとなる地域医療を実践している。