掲載事例

冊子

第3回

受賞者紹介

心豊かな在宅医療を支えて

二ノ坂 保喜

(福岡県)

奥原慎平撮影

「人生の最期は住み慣れた自宅で」が二ノ坂医師の持論だ
患者の誰もが胸中を包み隠さない

九州最大のターミナルJR博多駅から南西に8㌔。閑静な住宅街が広がる一角に軽自動車がとまった。「にのさかクリニック」の二ノ坂保喜院長は、軽自動車を降りると、近くの瓦ぶきの民家に急ぐ。在宅患者の容体が急変したと、院長自身の携帯電話に連絡が入ったからだ。

寝室では80代の女性がベッドに横たわっていた。娘は泣きはらし、孫は不安そうな表情で女性の腕をさすっていた。女性は末期の肺がんを患っていた。突然、たんをのどにからませたのだという。二ノ坂院長と看護師は、たんを吸引し、聴診器で症状を確認した。二ノ坂院長は娘と30分ほど話し合った後、こう切り出した。

「今の呼吸は『下顎(かがく)呼吸』といいます。この状態になれば、肺に酸素は入りづらくなる...覚悟はできているよね。長くても今夜いっぱいです」「本当にいろいろと良くしてもらいました」。娘は母の死の“宣告”を受け止めた。悲しみにくれながら、病院任せではなく、自宅で母を看取ることができるという、満足感にも似た感情が胸中にあった。

女性はそれまで、病院を転々とした。「愛する家族の最期は十分なケアをしてもらいたい」。そんな家族の願いはかなえられず、病院では食事を口にすることはなかった。点滴生活を送った。

その後、自宅療養が決まり、二ノ坂院長が往診するようになった。家のベッドに横たわった女性は、安心したのか、ゼリーなどを食べることもあったという。

娘は「生活環境によって、人は変わるんですね。体調も上向いたし、何より表情も出てきました。この間はイケメンの介護士さんに『お姫様抱っこ』されて、顔を赤らめていたんですよ。どんな形であれ、最期は家で過ごすのが普通なんだと実感しています」と喜んだ。

往診から2日後、女性は亡くなった。「今夜いっぱい」という二ノ坂院長の診断を覆し、1日長く生き抜いた。

200人の患者を往診

疲れも見せずに往診へ

二ノ坂院長は平成8年3月、在宅医療の拠点として「にのさかクリニック」(福岡市早良区)を開業した。医師や看護師、ソーシャルワーカー、ケアマネジャーら現在、十数人のスタッフが、周辺地域200人の在宅医療を支えている。

連日、午前中に外来患者を診察し、午後は周辺を車で駆け巡る。在宅患者の往診だけでなく、障害者通所施設にも訪れ、重度のダウン症患者らも往診する。毎週水曜日は、午前も午後も往診にあてる。それぞれの医師は、10軒ほどを訪問し、患者を診療するという。

なぜ、外来ではなく往診に力を注ぐのか─。

二ノ坂院長は「人生の最期は住み慣れた家で、豊かな生活の中で迎えるべきなんです」と強調する。

患者の家族写真をスライドに映して、内勤スタッフとも情報をすり合わせる
にのさかクリニック

二ノ坂院長は、昭和52年に長崎大医学部を卒業し、長崎大病院や大阪府立病院などで救急医療や外科のキャリアを積んだ。

特に高齢患者を診る中で、「家族に見守られる自宅と、知り合いのいない病院の中で苦痛に耐えるのは、どちらが症状の緩和に役立つだろうか」と疑問が浮かんだ。

トントンと台所から聞こえる包丁の音、廊下を走り回る孫の楽しげな声。何げない日常の喧噪(けんそう)が、患者の生活に潤いを与えているのではないだろうか。

ただ、自宅にいればよいという話ではない。病院のようにコールボタンを押したら、看護師が駆けつけてくれるわけではない。クリニックには、症状を緩和する医療技術と共に、患者と時間を共にする家族の不安を和らげることも求められる。だからこそ、往診に長い時間を割くのだ。

最期の看取りは戦い

スタッフ同士のミーティングは毎朝おこなう

200人近くの在宅患者とその家族を、6、7人の医師だけで支えることはできない。二ノ坂院長以外の医師は非常勤で、深夜や土日の対応は院長のみとなる。

「人生の最期は自宅で」という持論を実現するには、社会全体のサポートが欠かせない。医師や看護師の緩和ケアが、在宅の医療の土台だとしたら、ケアマネジャーやヘルパーによる生活支援が、土台の上の建物となる。

二ノ坂院長は、在宅医療への理解を深めるため、さまざまな手立てを講じてきた。

平成19年、訪問看護師らに呼びかけ、地域の往診医や24時間対応の訪問看護ステーションなどの情報をまとめた『ふくおか在宅ホスピスガイドブック』を作成した。患者にとって有益な情報といえる。また、健康や病気に関する講話など健康教室を毎週開く。

患者を見つめるまなざしは常に真剣

クリニック開院当初より発行している広報誌『ひまわり』の発行は220回を超えた。

在宅患者が豊かな生活を送るためにボランティアの活動が不可欠だと感じれば、養成講座を開いた。

これまでに40人以上が講座を卒業し、ボランティアとなった。和菓子作りや手紙の代筆など趣味を生かした活動でもかまわない。音楽や写真撮影など職業経験を生かしたボランティアもいる。二ノ坂院長は「自身がたずさわった仕事が応用できるんですよ」という。

ボランティアの半数は、父や母の最期を自宅で看取った人が占めるという。

「24時間家族を介護する在宅での看取りは、戦いのようなもの。大変な苦労はあっても、やり遂げたときのやりがいは大きい。それだけに、自分自身の経験を、別の戦友に伝えて、有効に使ってもらいたいと考える人が多いんです」。こう語る二ノ坂院長は、今日も往診に出かける。 (奥原慎平)

二ノ坂 保喜 にのさか・やすよし
医療法人にのさかクリニック院長。昭和25年、長崎市生まれ。64歳。長崎大医学部卒。長崎大付属病院第一外科、青洲会病院、福西会川浪病院などを経て、平成8年、にのさかクリニックを開設。自身が代表を務める「バングラデシュと手をつなぐ会」などで、海外ボランティア活動にも尽力している。