掲載事例

冊子

第2回

受賞者紹介

地域が1つの病院のように

小鳥 輝男

(滋賀県)

安元雄太撮影

患者宅では、笑顔と冗談で盛り上がる

琵琶湖の東南に位置する滋賀県東近江市。近江商人ゆかりの五個荘地区では、白壁が立ち並ぶ蔵屋敷の足下を掘割りが縦横に走り、ニシキゴイがゆったりと泳いでいく。

風情のある町並みを、小串医院の小鳥輝男院長は自ら車を運転して訪問先に向かう。この日は外来診察の後、午後から幼稚園・保育園へ定期健診に訪れ、その後、在宅患者の訪問に回った。

保育園では、子供の背丈にあわせて腰をかがめて診察。園児にお礼を言われると、自身も深々と頭を下げて言う。

「はい。ありがとうございました」

ひょうひょうとした様子が時折、厳しくなる。「この傷、どうした? 落ちた?」「ちょっと、ぜーぜー聞こえるなぁ。喘鳴(ぜいめい)プラスや」

患者の信頼は絶大だ。訪問診療先では、事故で半身不随になった男性(59)の沈みがちな様子を思いやり、冗談を交えて診察する。男性の家族は「私たち『おまつり先生』って呼んでます。いつも冗談ばかりで暗いところがない。話しやすいんです」と笑顔を見せる。

職種の上下を超えて

自身でハンドルを握って健診や訪問診療に出かける

東近江地域の医療、介護、保健福祉の連携ネットワーク「三方よし研究会」の立ち上げに尽力した。三方よしでは、近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」にちなみ、「患者よし、医療機関よし、地域よし」を掲げる。会員は医師、看護師、歯科医師、保健師、薬剤師、管理栄養士、社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、行政職など400人超。成功のカギに「小鳥医師の人柄」を挙げる人は多い。会員の1人はこう言う。「ええ話なら、ちゃんと聞いてくれる人。だれが言ったかは関係ない。『三方よし』が広がったのは、小鳥先生がいたから」

しかし、小鳥医師は控えめだ。「僕は潤滑油的な存在。代表してもらっただけで、赤ひげ大賞は三方よしの会員がもらったものと思っています」

月1回の定例会には100人超が集まり、職種、上下の関係なく、車座で熱いディスカッションを繰り広げる。この日、小鳥医師のグループでは、1人の栄養士がこう発言した。

「患者さんの退院後の生活で、今は栄養のことが後回しになっている。患者さんが退院する際に開かれるケア会議で、ヘルパーさんに栄養の視点を伝えられるといい」

低栄養は、高齢者の要介護リスクを格段に高める。だが、医療職、介護職の間でも、しばしば忘れられがちだ。

小鳥医師がうなずいて加勢する。「栄養の観点もいるなぁ。こういう患者さんをほっといたら、いかん」意を強くして、栄養士は病院長らに、こう訴えた。

1カ月に1回開かれる「三方よし研究会」。
上下関係のない「車座」が鉄則

「先生方の所だけでも、退院支援のアセスメントに栄養士を加えてほしい。在宅のヘルパーさんに、口腔(こうくう)ケアや栄養の視点が伝わるだけでも意味がある。できれば、もっと栄養士を雇ってくれる先生が増えるといい」

医療界は大抵、医師を頂点にしたピラミッド構造だ。だが、三方よしでは、専門職が大病院の院長にも意見を言い、それを医師も歓迎するムードがある。小鳥医師は「(職種を超えた)関係ができるまでに5年くらいかかりました」と振り返る。

地域の扇の要は

外来診療で一番大切なのは、顔と顔を見合わすこと

三方よしができる前の医療連携について、市の関係者は「クモの巣状態でした」と話す。病院の役割が不明瞭(ふめいりょう)で、患者は「大きい病院ほど安心」だった。大病院がどんな病気も扱うから、在院日数が長引き、新規患者の受け入れは遅れがちだった。全国を見渡せば、そうした地域は今も珍しくない。

ただ、この地域には「みんなで協力して患者さんに対応したいというマグマみたいな力があった。特に、病院や施設のリハビリ職が熱心でした」と小鳥医師は話す。地域医療を潮流にするキーパーソンは、やはり開業医なのだろう。熱心な医療職の声を受け、行政とつなぐことができ、大病院にも直言でき、地元の事情が分かる。平成19年に三方よしがスタートした。

顔の見える関係ができると、医療は変わる。会員らは「他職種の声を聞くことが、とにかく新鮮だった。あの患者さんが、こんなに元気になったと知って、やりがいも持てた」。会員は今や、電話1本で患者の容体や転院を相談する。お互いの信頼があるから、自信を持って患者に転院も勧められる。

患者が持参する「三方よし手帳」。
脳卒中の地域連携パスから発展した

患者を真ん中にして

なかなか退院できなかったり、帰れなかったりする患者もいる。三方よしではその理由も検討する。社会資源、施設の空きのなさ、患者・家族の理解、地域力。原因は何で、専門職は何ができるか-。患者が途方に暮れないよう、地域が1つの病院のように機能するのが願いだ。

患者も変わった。「患者さんを真ん中に、医療や介護や保健福祉の専門職がみんなで支えていると気づいてもらえるようになった。それが、何よりもうれしい」と小鳥医師。

三方よしには、患者や要介護者と専門職が一緒に取り組むイベントもある。「東近江リハビリテーション風船バレーボール大会」。持ち場でチームを組んで優勝を争う。リハビリの一環だが、外出やイベントで意欲が引き出され、人とのかかわりが進む。

東近江保健所の職員らと、研究会の打ち合わせをする

それは地域での暮らしそのものだ。優勝杯は「オードリー杯」。小鳥医師にちなんで名付けられた。

三方よしの今後について、小鳥医師は「年を取っても、がんになっても、認知症になっても、安心して暮らせる町づくりを進めたい。それが地域包括ケアです」。徘徊(はいかい)する認知症の人の発見訓練も行われている。「仲間が多いので、もう少し広がりのある訓練ができないかと思っています。それをモデルに、滋賀県に殴り込みをかけようと思って」。「えへへ」と、いたずらっぽく笑った。 (佐藤好美)

小鳥 輝男 おどり・てるお
小串医院院長。昭和20年生まれ。68歳。京都大医学部卒。京大医学部付属病院勤務を経て、米国ハーバード大学医学部留学。福井医科大学医学部付属病院放射線科助教授を経て、平成3年に小串医院副院長。滋賀県医師会副会長などを歴任。診療科は内科、外科、小児科、放射線科。