掲載事例

冊子

第2回

受賞者紹介

「病気」だけでなく「人」を診る

野村 良彦

(神奈川)

瀧 誠四郎撮影

患者の生活や性格までも把握した全人的な医療を掲げ、外来診療から在宅医療まで幅広い現場で地域医療を支えている。「病気だけを診るのではなく、病気を持った『人』を診る」という信念を持ち、患者だけでなく、その家族にも寄り添う姿勢は、地域住民から絶大な信頼を得ている。

13年間務めていた横須賀市立市民病院を離れ、同市内に野村内科クリニックを開業したのは平成7年。市民病院時代に約600人分の死亡診断書を書いたが、「本当は家で死にたかったんじゃないか。それを病室で選択肢のないまま看取(みと)っていたのではないか」と疑問を感じたことが開業のきっかけになった。

患者と接するときはいつも穏やか。
患者からも笑みがこぼれる

在宅医療は午前の診察が終わった後、午後から医院を中心に半径7㌔以内の範囲で1日6人程度を巡回している。患者の自宅だけではなく、特別養護老人ホームに出掛けることもある。野村内科クリニックの所在地は三浦半島の西側で、この地域は細い道や坂道が至るところにあり、公共交通などを利用するのが難しい人も多い。そのため、この地域の医療を支える上で、欠かせない存在となっている。

何気ない会話で安心感を

「在宅医療は入院医療の出前ではなく、生活に即した医療」。患者の生活や性格の把握にも努めている

受け持っている患者は現在約100人にも上る。「人工呼吸器を付けた2歳の女の子から、100歳を超える高齢者まで幅広いですよ」。症状もさまざまな数多くの患者を診ることは体力的にも厳しく、豊富な経験がなければできないことだが、その表情は全く苦労を感じさせない。

「天気良いですね。だいぶ涼しくなりましたね」。訪問先の家庭で聴診や血圧測定などの診察をする際には、患者に優しく声を掛ける。この日訪れた93歳の女性に「年おいくつになりましたか」と手を握りながら尋ねると、「忘れたわ」と冗談交じりの返事が返ってきた。何気ない会話で患者に安心感を与えることも、かかりつけ医の重要な仕事だという。帰り際、女性は声を振り絞り、「ありがとう」と見送った。

訪問先では患者の生活状況を家族から聞き取るようにしている。その根底にあるのは、「どういう所で寝起きしているのか、どうやってトイレに行っているのか。在宅医療は入院医療の出前ではなく、生活に即した医療をすること」という考えだ。

ときには患者の手を取って優しく語りかける

自然に会話が生まれ、家族からの悩み相談を受けることも多い。93歳の母親を診療してもらった次女(67)は「病気のことだけじゃなくて、介護の相談もできるのが助かります。良いお医者さんに巡り合えた」と喜ぶ。

診療所を閉めているときでも、電話は自分の携帯電話に転送される。24時間いつでも対応できるようにすることで、患者やその家族に安心感を与えるためだ。

患者の家族から厚い信頼

専門的な治療が必要な際は、皮膚科、泌尿器科などの別の医院に往診を依頼する。地域でお互いに連携して支え合うネットワークができているといい、目標としている地域完結型の医療が形になってきている。開業してから5年後には、「これがかかりつけ医のあるべき姿だと自信が持てるようになった」と話す。

高齢の患者と向き合うとき第一に考えるのは、家族が納得できる形で自宅で看取りができる環境を整えることだ。がんなどに伴う痛みを取り除く治療はもちろんするが、無理な延命治療は家族が望まなければしない。「人は100%死ぬ。それは生活の一部であり、医療が支配する場面でもない」が持論だ。

中でも、進行性大腸がんで重度の認知症と心臓病も患い、86歳で亡くなった男性の看取りが、強く印象に残っている。男性は平成17年に大腸がんが発覚し、余命は長くないと宣告された。同年末、循環器科の医師から心臓ペースメーカーのバッテリー交換を指示されたが、判断のできない本人に代わって家族が話し合い、これを拒否することに決めた。

在宅1年目の患者さんと

本人夫婦をはじめ、孫まで含んだ2家族9人は近隣の温泉ホテルに6回も一泊旅行をくり返し、思い出づくりに励んだ。

在宅1年と2年の節目には、祝いの席に招待され、一緒に酒を酌み交わした。長くないとされた余命の宣告から3年を超えていた。男性が亡くなった後、来院した家族から感謝の気持ちを伝えられ、「本当にうれしかった」と当時を振り返る。患者の家族に招待されるということは、厚い信頼関係を築いている何よりの証拠だろう。

安心して死ねる町づくり

疲れを感じさせず、精力的に診療に出向く

「在宅医療は全てが慢性疾患なので、今後どうなるかが予見出来る。亡くなるときは本当に静かに息を引き取っていく。ただ、自宅での看取りをしたことがなく、心配する家族も多い」。まだまだ自宅での看取りが定着していないこともあり、家族に対しては、常に丁寧な説明を心掛けている。

死亡者数が増加する「多死時代」の到来を控え、「病院でやることがないと見離された人はどこに行くのか。介護施設では看取れなくて病院搬送しているのが現実。なんとかしないと“看取り難民”が増加する」と危機感を抱く。

対策として、地域のかかりつけ医が自分の患者は看取れるようになることが重要だと考えている。一方で、「かかりつけ医は介護も医療も入り交じっている。線を引くことはできない。病院にいては分からないことなので、医者も意識を変えていかないといけない」と医師側の意識改革の必要性も訴える。

仕事は診療所での診察や在宅医療だけではない。平成13年からは小中学校の学校医として児童・生徒の健康管理や健康相談に尽力。豊富な経験と温厚誠実な人柄で子供たちや保護者からの信頼も厚い。養護学校では障害者の健康管理にも貢献し、卒業後の在宅医療につながっている。

現在、横須賀市が主催している医療、介護、福祉、行政が集まる在宅療養連携会議では、在宅医療や看取りの支援について具体策を提案し、安心して死ねる町づくりの実現に貢献している。今後については「医者は75歳までかな。すんなりすぐにやめるわけにはいかないかもしれないけれど、(地域医療についての)教育、普及、啓発の方に力を入れていきたい」と医療の先を見据えている。 (田中俊之)

野村 良彦 のむら・よしひこ
医療法人癒しの会野村内科クリニック院長。昭和21年、京都府生まれ。67歳。日本大学医学部卒。同大助手、横須賀市立市民病院呼吸器科長などを経て、平成7年に野村内科クリニック開業。現在、横須賀市医師会地域保健対策委員会の委員長も務める。